ダウン・ザ・ライン
”言葉は受け取る人によって違うと思う一方で、切り取られた言葉がひとり歩きすると、正直、戸惑うこともある。そんななか、この本は僕の言葉の「本当の意味」を伝えてくれている”
~本書扉書きより~
マスコミは人の言葉の一部だけを取り上げて、それを大々的に報道することがある。そして、文脈を見れば何も変なことは言っていないのに、その人がおかしな発言をするとんでもない人であるかのような印象を与えてしまうことが度々起きている。
最近では、ネットに発言の全文が上がっていたり、上がっていなくとも本人が「これこれこういう文脈での発言なんですよ」とSNSで説明したりすることでマスコミに作られた誤った印象を払拭することができるが、それでも発言者本人にとってはなんの変哲もない発言で一時期騒ぎ立てられるのは迷惑千万なことだろう。
この問題は、何も政治家や芸能人に限った話ではない。スポーツ選手であってもだ。
テニスのATP世界ランキングで一時は日本人最高の4位に輝き、今なおトップ10にいる日本テニス界の英雄:錦織圭もまた、自分の言葉がひとり歩きしてしまうことをもどかしく思っていたようだ。
本書は、錦織の印象的な言葉を著者の稲垣さんが33個選び出し、その言葉にまつわるエピソードを短編のエッセイにまとめたものである。
2014年の流行語大賞にノミネートされた「勝てない相手はもういない」もしっかり収録されている。
実はこの言葉、文脈云々以前にそもそも実際の発言が微妙に違っていた。
錦織は記者会見の際「勝てない相手「も」もういない」といっていたのだ。助詞が違うだけで語感が変わるし、文脈とあわせてみればこの発言は全然上から目線の発言ではないのだ。
33個の錦織の発言を錦織と稲垣さんの対話によってその意味を説明したり、言葉の陰に隠れたエピソードを拾い上げていくことで、錦織の人物像を浮かび上がらせている。
また、エッセイの中では、テニス界の著名人が錦織について語った発言が数多く出てくる。
元世界王者で全仏オープン優勝回数9回とクレーコートで圧倒的な強さを誇る赤土の王者、ラファエル・ナダルは2008年6月に錦織と初対戦した後、彼のことをこう言っている。
”「彼はとてもうまい。間違いなくトップ10に入る、ひょっとしたらトップ5かもしれない。100%、確信がある。彼はとてもシンプルにプレーする。才能あふれる選手だ。彼のフォアハンドで時間を与えると、必ずやられる。細かい部分で改善すべきところはあるけれど、潜在能力はとても高い。」”
~本書113ページより~
ラファやロジャーはどうも後輩の才能を見抜く能力があるっぽいのだが、それでも初対戦した時点でここまで言えるラファは流石である。当時の錦織の世界ランキングは113位。その時から、ラファは錦織が将来自分と近いランキングの選手同士として戦えると予見していたのだ。それだけ、錦織はラファの目に留まるほどの何かを持っていたということだろう。
★こんな人に読んで欲しい
・錦織選手のファン
稲垣さんは本書を執筆するにあたり、錦織の両親に幾度となく取材を行ったようである。そのため、本書には錦織が普段自分からは話さないようなネタも盛り込まれている。本書を読み終わったときには、錦織圭という人物についてより深く知ることができていると思う。